会員の便り No4訂
2010.11.27掲載(更新)
 築地本願寺おあさじ(晨朝勤行)体験記          (初版掲載 2008.10.24)
                         
                    中仏同窓会  齋藤仁之 

はじめに

 築地のお朝事(おあさじ:正式には晨朝勤行 ジンジョウゴンギョウ です)に参拝しようと思ったのは、東京地区つどい学習会でのOBの方からの言葉がきっかけでした。
 「正信偈の偈文を暗記できるようになるために最も有効な方法はお朝事に参拝することです」

 たまたま会社と自宅との間からちょっとだけ寄り道すれば築地に寄れることから、平日出勤前に築地本願寺のお朝事に参拝することにいたしました。ということである朝、一人でのこのこと築地までお朝事参拝にいったのです。築地本願寺(正式には本願寺派本願寺築地別院)はご本山直轄の別院でその中でも関東では中心的な寺院です。お朝事も本山と同じとまではいきませんが、一般寺院(かつてはまた今でも地域によっては、末寺と呼ばれているお寺さん)に比べればいろいろとやっております。そんな中、はじめてお朝事に参拝したときの体験を書きたいと思います。

 築地本願寺では毎朝必ずお朝事があります。しかし、いつでも同じ事をやっているのではなく、日によってやる内容が変わります。参拝をしはじめた当初は、いったい何をやり始めたのかが分からないということもありました。何回か通って内容が判ってしまえばそれだけのことなのですが、案内とかもありませんし誰も説明などしてくれません。何日も通って少しずつ経験から理解した部分も多々あります。お朝事は真宗では大切な勤行(おつとめ)の1つです。これから築地本願寺のお朝事に参拝される方へのお役立ちになればと思いこの体験記を書かせていただいた次第です。

※(追記)
 2009年の5月より、おあさじが始まる5分ほど前に職員の僧侶の方からご案内がされるようになりました。ご本山でのお朝事に参拝された方はご本山での内容の案内を思い出されればよろしいかと思いますが、いま現在はご本山と同じように「小本和讃○○丁、○○○です。」などと案内がされています。(2009年6月)

参拝者に正座はありません

 お朝事といえばご本山なら畳の上で約1時間。この間の正座は結構大変です。ところで築地本願寺は行かれた方はご存知の通り、築地本願寺本堂では参拝者用の場所はすべて椅子席です。畳は僧侶用の場所にあるだけです。よって参拝者に正座はありません。ちなみにお朝事に出勤される僧侶の方がたは皆さん勤行中ずっと正座をされています。

お朝事の内容

 お朝事の内容は毎日変わります。基本的には、勤行(正信偈和讃六首引 ロクシュビキ など)、ご法話聴聞、御文章拝聴、恩徳讃斉唱で終わりです(2010年5月20日現在)。通常は約40分程度です。

 ところで、2008年10月3日から上記の内容になっていますが、恩徳讃の唱和のところは、これまでは、領解文の唱和でした。職員の僧侶の方よりお伺いしたところでは、昔の言葉で一般の人にとっては内容が分かりづらい領解文よりも、歌で内容が分かりやすい恩徳讃の方がいいということで変更を試みている、とのことでした。各お寺経由でわたしたち門信徒や一般の方々にも配布される「安穏」第3号に築地本願寺副住職である新門さまのインタビューがありますが、その中にも、「道行く人にも気軽に中に入ってきていただけるお寺に」、とのお言葉がありますのでそのような中での試みなのかもしれません。

※(追記)
 また、2010年3月31日以前は、御文章拝聴、ご法話聴聞の順番でしたが、4月より順番が入れ替わりました。これは本山でそのように順番を変えた事にならってのことで、「肝要は御文章にて」、ということのようです。(2010年5月)

 さて、築地本願寺での和讃は繰り読み クリヨミ です。「弥陀成仏の〜」から始まるご存知六首は約2ヶ月に1度しか周ってきません。正信偈も普段は草譜ですが、日によっては行譜だったりします(宗祖聖人ならびに主だった歴代上人のご命日など)。また更に日によっては、和讃のあとに突然右の余間 ヨマ や左の余間で別のお勤め(奉讃早引 ホウサンハヤビケ で毎月7日と11日)が始まったりもします。更に正信偈和讃六首引ではなくて、往生礼讃 オウジョウライサン というお勤めだったり(歴代上人のご祥月命日)、また般舟讃 ハンジュサン というお勤めだったりもします(お彼岸のとき)。何も知らず参拝にいくと、いきなり何を始まったのか判らなかったりして最初はドキドキものでした。

 実はお朝事の内容は、築地本願寺の場合には本堂参拝者席の前方右前にある小さな看板があって、そこに「往生礼讃 日没 ニチモツ」とか「般舟讃」などと書いてあります。「源空章 ゲンクウショウ 」とあれば、正信偈和讃のあとに左余間(ご本尊に向かって左の余間)にて奉讃早引の源空章、「太子章 タイシショウ 」とあれば同じく正信偈和讃のあとに右余間にて奉讃早引の太子章があるということです。普段の「正信偈」のおつとめの場合には特に「正信偈」とは書かれていません。が、その日の和讃の一首目第一句(同じ言葉で始まるときには二句目だったりもします)が出ているときには、その日は正信偈和讃六首引で、繰り読みの第一首はそこです、というしるしです。和讃の句の下に小さな数字が書いてありますがこれは、小本和讃 ショウホンワサン での丁数 チョウスウ(頁数)です。東京地区つどいの会に参加されている方々の中では、なぜか小本和讃をもっている方が少なくて、本願寺出版社刊「浄土真宗聖典-勤行集-」を持って来られている方が多いのです。しかしながら、この浄土真宗聖典-勤行集-に出ている各和讃についている番号とは違います。浄土真宗聖典-勤行集-を持ってきて居られて、和讃が始まってから「何処だ何処だ」と一所懸命に探している方を時々お見かけします。あと、正信偈の場合には、その日に行譜なのか、草譜なのかが看板のどこにも示されていません。どちらか判らない当初は最初4句目後半(「〜自在王仏所」あたり)を少し小声にしておっかなビックリ唱えていました。

小本和讃について

 小本和讃は書籍ではありません(よって本屋では売っていません)。免物 メンモツ といって、ご本山から下げてもらうものです。つまりご本尊などと同じ扱いです。冥加金は決まっていて二千円を少し超える程度です。所属のお寺に取り次いでもらうか、ご本山に行ったときに参拝会館1階(参拝志納部受付)で直接申し込んで下げていただくことになります。免物(どうやら在家免物 ザイケメンモツ というようです)は本山ではよほど大きなご本尊を申し込んだりとかでなければ、その場ですぐに出して貰えて、すぐに持ち帰れます。お手次寺から申し込む場合には納品後に振り込み用紙がついてきて後払いとなります。お寺からではなく直接申し込む場合には先払いで入金確認後の送付となるようです。

 書籍でなく免物であってご本山から下げてもらうものである、ということは、この小本和讃というものは誰でもお金さえ払えば入手できるものでないということを意味しています。いただく資格?がある人とはすなわちご門徒 モント ということでしょう。中仏通信やつどい学習会は学習を志す人の集まりですが、学生とご門徒とは一部重なっていますが全部は重なっていません。築地本願寺でも免物の入手方法についてご指導をいただけると思いますが、その際には門徒としての立場でお伺いされるのがよろしいかと思います(もしかしたら「中仏通信で勉強しているから小本和讃をください」といっても、それだけでは下げてはいただけないかもしれません)。小本和讃には本願寺の山号「龍谷山」と、ご門主の印が押されています。この小本和讃を携えて本山・別院にご参拝させていただくのが門徒としての正しい姿勢といえるかもしれません。

 築地お朝事での小本和讃の話に戻りますが、参拝者貸し出し用に何冊(10冊程度?)が出ています。たいていの日は中央にある賽銭箱の隅にお盆の上においてありますが、そのお盆が日によっては参拝者席の後ろに置いてある場合もあります。(毎月1日、16日の総参拝 ソウサンパイ の時など)

 もしそのお盆の上に小本和讃以外の何かが乗っていたら‥、その日は何か違うことがあります。よくあるのは往生礼讃の本か、奉讃早引の本だと思います。(奉讃早引は毎月7日、11日は正信偈和讃のあとに行いますので、小本和讃と一緒に出ています。例外はお彼岸期間中の場合で、般舟讃と奉讃早引という組み合わせがあります)

 貸し出し用の小本和讃は外見こそかなり使い込まれているものの、当然ながら中は綺麗なもので、余計なメモ書きなどは何もありません。正直いってこの博士 ハカセ (文字の右や左に出ているヒゲのようなもの)だけを見ながら、いきなり完璧に和讃を唱和する事は不可能だと思います。「弥陀成仏〜」だけなら通信教育の教材CDにありますのでできるかもしれませんが、三帖和讃全部をいきなり唱和できたらかなり凄いことだと思います。ということで本山から下げていただいた自分用の小本和讃か、浄土真宗聖典勤行集の該当頁の部分に間違えやすいところを事前に注意書きなどを書き込んでおく方が無難です。ちなみにこれ(お聖教 ショウギョウ に書き込みをすること)は決して悪いことではなく、内外陣にて勤行を行っているお坊さんたちも自分用の小本和讃には注意書きを書き込んで埋め尽くしているのが通例です(それを持って内陣に出勤できるのかどうかは知りません)。

 蓮如上人は
 「本尊は掛け破れ、聖教は読み破れ」
 と、おっしゃられたようです(蓮如上人御一代記聞き書きより)。小本和讃は読み破れですが、書き破ってもいいのかもしれません。

和讃について

 先に述べました通り、築地本願寺のお朝事での和讃は繰り読みです。「繰り読み」とは三帖和讃(浄土和讃、高僧和讃、正像末和讃)の中から、毎回基本六首ずつを順にずらしながら読んでいくものです。日によってはオマケがついて八首くらい読む日もあります。オマケがつく日には間違って自分ひとりだけ念仏を叫ぶ危険度の高い日ですのでドキドキします(オマケの和讃との間に念仏は入らないのです)。
 讃頭(一句目の独誦部分)は内陣出勤されている方が巡讃 ジュンサン で読まれています。

ご法話について

 ご和讃の読誦のあとに朝のご法話があります。時間にして5分〜10分程度です。月曜から木曜日まで(常例布教の先生が来られていない日)は職員の僧侶の方が交代で出てこられますが、常例布教開催日で布教使の先生が来られている日(金曜日〜日曜日など)には布教使の先生がご法話をされます。1日と16日で布教使の先生が居られない場合には副輪番さんがお話をされます。時間も普段よりちょっと長めな感じでお得な感じです。

御文章について

 ご法話のあと御文章はほぼ毎日読まれます。読まれる御文章は、ご本山と同様に御文章ひらがな版に載っている日付の順番に従って日替わりで読んでいきます。ただし時々違うこともあります。また、5月15日〜8月15日は日によって夏御文章 ゲノゴブンショウ も読まれます。いずれにしても毎日一通ずつです。

恩徳讃について

 恩徳讃とは、正像末和讃の三時讃の最後にあるご和讃(小本和讃:百八十七左、浄土真宗聖典-勤行集-:第59番)に曲をつけて歌にしたものです。恩徳讃には旧譜(作曲 沢康雄)と新譜(作曲 清水脩)があります。いまよく歌われるのは新譜の方です。明るい和風の曲です。一方の旧譜の方はちょっと古風な寂しい感じの曲です。大谷派ではいまでも旧譜の方が用いられている、との話をききました。

 話は脱線しますが、私は恩徳讃の新譜は暗唱できましたが、旧譜についてはきちんとは憶えていませんでした。「旧譜」というくらいだからもう使う事はないだろうなどと勝手に思っていたのですが、あるご法話会の最後に、「恩徳讃(旧譜)!」といわれ、一緒懸命に思い出しながら歌おうとしたのですがやはり唱和できませんでした。この話を学習会にて知り合った昔から真宗になじんでおられるご年配の方にお話ししましたところ、「俺は旧譜しか知らなかった。この学習会に出てはじめて新譜なんてものが作られていた事を知ったよ」、とおっしゃられていました。

領解文について

 お朝事の最後はつい先日(2008年10月2日)までは領解文でした。今(2008年10月3日から)は恩徳讃の唱和になっています(2008年10月6日現在)。しかしながらいまでも築地本願寺の行われているご法座の最後には出席者皆で領解文を唱和します。世話人の方が「ご一同様にご領解出言 リョウゲシュツゴン 」と発声しますので続いて皆で領解文を唱えます。領解文は本来暗唱するもので、教科書にもきちんとそのことは書かれていますが東京地区のつどい学習会では、本を見ながら唱えられておられる方のほうが多いです。ところがお朝事やご法座ではほとんどの皆さんが当然のように暗唱されています。学習会にて皆がそうなので本を見ながら唱える事にすっかり慣れていた私が、お朝事に参拝してはじめてこの光景を見たときには正直ちょっとショックでした。どちらが正解かといえば当然ながらお朝事での方法が本当です。次の日からあわてて領解文の暗記を始めました。

日程表について

 築地本願寺のお朝事では毎日やることが決まっているはずなのに、それをどうやって知るのか。当日の朝に現場に行けば前の案内板にかかっていますが、予定はどうなっているのか?これが始めのうちは謎でした。ご本山の場合はHPに予定表が出ていますが、築地本願寺のHPにお朝事の予定表は出ていません。そのうちに、毎月1日の総参拝の日に予定表のコピーが配られていることが分かりました。1日のお朝事に参拝すればその月の予定がわかるのです。もし1日に用事があって出れなかったら‥。別の日のお朝事のあとにでもその辺でお仕事をされている職員のお坊さんに相談されてみるといいかも知れません(もちろん熱心な一ご門徒としてです)。(あくまで想像ですが)お朝事に参拝されている方から相談をされたのならきっと何か考えてくださるのではと予想します。

 ちなみに予定表には、その月の毎日のお朝事に何をやるのかと、正信偈の行譜草譜の別、和讃六首がどこを読むかなど、必要な事は全て書いてあります。これを手に入れるようになってからは前日に和讃の予習もできるようになりましたし、正信偈の最初四句目でおっかなビックリ唱える必要もなくなりました。

※(追記)
 この記事を投稿してからわかったのですが、正信偈行譜を唱える日はきっちりと決まっていました。行譜は宗祖ご命日と、四祖(覚如、蓮如、顕如、先師の各上人)ご命日に行われるそうで、14日(蓮如上人、勝如上人)、16日(親鸞聖人)、23日(覚如上人)、そして、27日(顕如上人)が行譜となります。また築地本願寺では、更に由緒宗主のご命日として5日(鏡如上人)も行譜となります。
(ご存知のように今の築地本願寺のインド式伽藍は関東大震災後に鏡如上人のご指導のもとで1934(昭和9)年に建てられました)

 また予定表にはお朝事の他に、日中法要 ニッチュウホウヨウ や逮夜法要 タイヤホウヨウ がある日や何をするかなども載っています。毎月1日は他にも特別なことがありますので参拝する価値アリです。

総参拝について

 築地本願寺では毎月1日と16日は総参拝となっています。職員の僧侶の方は全員出勤だそうです。またこの日には現在築地本願寺副住職をされている新門様がご出勤して調声されることが多いようです。新門様の席は内陣正面左側にある向畳 ムコウジョウ です。朝ここに菊灯 キクトウ が置かれて灯が点いていれば新門様が出勤されることがわかります。ちなみに祖師前側の右側はご門主様の席です。

 余談ですが、新門様が出勤される日はたいていは新裏方様もおいでになられます。新裏方様も僧侶ですのでもし出勤されるのならどこに座られるのかなどに興味がありましたが、参拝者席に座られて私たちと一緒にお勤めをされています。未来の本願寺派を預かるであろう新門様ご夫妻と間近にて一緒におつとめができる貴重な日でもあります。

 さらに総参拝の日だけは、何故か放送などもあって、その日に何をやるのかが事前に放送で案内されます。草譜、行譜についてもきちんと案内されます。また総参拝の日はパイプオルガンの伴奏にて恩徳讃を皆で歌ってから別室にて朝がゆのご接待があります。礼拝堂にてあずき粥を食べさせてもらえます(当然ながら、食前のことば、食後のことばがありますので、念のため)。

 総参拝の日の正信偈は、1日は草譜のことが多いですが、16日は宗祖ご命日なので必ず行譜です。1月の16日ならばご本山では真譜となりますが、築地本願寺ではその日も行譜です。

奉讃早引について

 毎月7日と11日は正信偈和讃のあとに、余間にて奉讃早引があります。7日は源空聖人(法然上人のこと、正確には法然坊源空)のご命日ですので、左余間(ご本尊に向かって左側)の源空聖人の御影の前で奉讃早引-源空章を、11日は聖徳太子のご命日ですので、右余間(ご本尊に向かって右側)の聖徳太子像の前にて奉讃早引-太子章が勤められます。

 奉讃早引とは云わば和讃の一気読みです。奉讃早引-源空章は高僧和讃の源空讃20首を、奉讃早引-太子章は、正像末和讃の聖徳奉讃11首を一気読みします。またその読み方は和讃での読み方とも異なるものです。非常に調子がいいのですが、とにかく拍を間違えやすくて譜を見ながらだけでは正確には読みづらい印象です。

 特に築地のお朝事の奉讃早引はかなりスピードも早く、僧侶の方々と一緒に声を出して読んでいくのは何回かこの日に参拝されたご経験のある方であってもなかなか大変だと思います。きっと高速阿弥陀経と一緒で、暗記するほどに口が馴染めば一緒にいけるのだろうなと予想しています。

 奉讃早引には、七高僧の他の6人のものもあります(龍樹章、天親章、曇鸞章、道綽章、善導章、源信章)。それらはお彼岸のお朝事で読まれます。7日間のお彼岸のうち、お中日を除く6日間に1章ずつが読まれます。源空章や太子章ですら月に1回しかないのに、これら6人の早引は春と秋のお彼岸に1回ずつの年2回です。かなりレアです。ちなみにお彼岸の間のお朝事は正信偈和讃はなく、ずっと般舟讃と奉讃早引です。お中日には奉讃早引はなく般舟讃だけでした。ご本山ではこの日は漢音小経も併せてお勤まりになるのですが築地本願寺は般舟讃だけとなります。

往生礼讃について

 往生礼讃は歴代上人ご祥月命日などに勤められます。とても綺麗な旋律の声明です。この往生礼讃のある日はほとんどの場合、登礼盤 トウライバン があります。導師(登礼盤したときには導師と呼びます、普段は登礼盤しませんのでその際には導師ではなく調声人と呼びます)は大活躍ですが、他の人は般舟讃よりも少し唱える箇所が少ないです。往生礼讃は音程の上下動が少し多くて慣れないとちょっと唱えるのは難しいです。しかしながら非常に美しい旋律なので一緒にきちっと唱えられるとちょっと嬉しくなります。往生礼讃は日没から日中まで6つありますが、築地本願寺では晨朝と日中を除いた4つ(日没、初夜、中夜、後夜)を繰り読みしているようです。往生礼讃の日は月に1日〜3日程度しかありませんので、めったに出会えないおつとめとなります。

般舟讃について

 般舟讃はお彼岸の期間に勤まります。とても調子がいい美しい声明で、また私たちも唱える部分が多く一緒に唱和できると嬉しくなります。往生礼讃と同じく音程の上下動が少し多くてその分慣れないと難しいですが是非知っておきたい声明です。般舟讃は普段の日はお勤まりになりませんが、お彼岸期間は毎日連続ですので、その期間中のお朝事に毎日参拝すれば週の後半頃には一緒に唱和することもできるようになれるかもしれません。

本堂にて葬儀などがあった場合

 築地本願寺では太平洋戦争当時でもお朝事はかかさず毎日行っていたそうです。よってお朝事のない日というのはないそうです。ところで築地本願寺といえば有名人の葬儀でも有名な場所です。本堂を使ってのご葬儀などがあると朝、荘厳壇 ショウゴンダン (一般では祭壇とよくいわれています) ができていて阿弥陀様が正面からは見えなくなっている日がときどき(月に1回あるかないか程度)あります。

 そんな日の朝のおつとめでは、参拝者は右余間にてのお朝事参拝となります。一般の人は普段入れない余間ですがこの時には入れさせていただくことができます。ここは畳敷きですが畳用の小椅子が用意されていますので正座は必要ありません。すぐ横には聖徳太子像がおられます。そんな日のお朝事に参拝できると、ちょっと得をして嬉しい感じがいたします。

おわりに

 以上簡単ですが、つたない私自身のお朝事の体験記として書かせていただきました。皆様の築地本願寺へのお朝事参拝の際の参考にしていただければと思います。

 最後に、お朝事に通い始めてからひとつ気づいたことがあります。つどい学習会に参加される方と、お朝事に参拝される方はどちらもご年齢は同じくらいでどちらかといえばご年配の方が多いのですが、両方に来られている方は案外少なく人がかぶっていません。またお朝事に来られている方と学習会に来られている方はなんとなくですが少し違っている印象がありました。

 いったい何が違うのか。最初はよく分かりませんでしたが、最近、学習会では(遠方からもはるばる)学習をしたい方が集まって来られているのに対して、お朝事には(主に近隣から)ご門徒さんたちが集まっている、その違いなのかもしれないなと感じている次第です。学習会に参加する人が門徒ではないというわけではなく、熱心なご門徒さんも大勢居られのですが、でももしからしたら、学習会のためにわざわざ築地本願寺にまで来られてもご本堂には参拝されせずにそのままお帰りになられている方が居られるやもしれません。とすればその方にとってのそのときの築地本願寺はただの「勉強の会場」ということなのかしら、と思ってしまいます。

 そしてこれは何よりも私自身のことであったと感じるのです。私自身が勉強会にかまけて本堂へのお参りもそこそこに、バタバタと築地本願寺の建物の中を駆けずり回っている自分にふと気づくにつけ、これまたそのときばかりの反省を繰り返したりもいたします。それでも、学習会の勉強でもお朝事でも築地本願寺に来させていただくときには常に一門徒としてのご参拝を心がけさせていただきたいもの、と思っている次第です。

 合掌